【医師監修】妊娠中に母乳教室に出れば乳腺炎を防げる?|ガイドラインCQ1が示した「予防できる根拠はない、それでも学ぶ価値があること」

【医師監修】妊娠中に母乳教室に出れば乳腺炎を防げる?|ガイドラインCQ1が示した「予防できる根拠はない、それでも学ぶ価値があること」(母乳ナビ・医師監修)

「妊娠中に母乳教室に出ておけば、乳腺炎にならずにすむのでしょうか」——産科の外来でよく聞かれる質問です。日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、これをクリニカルクエスチョンの1番目(CQ1)として正面から検討しています。そして出てきた答えは、「はい」でも「いいえ」でもない、少し込み入ったものでした。このページでは、ガイドラインが実際に何と書いているかを一次資料の言葉のまま示し、そのうえで妊娠中にやっておく価値があることを整理します。

先に結論です。「妊娠中に乳腺炎の情報提供を受けると乳腺炎が減る」という確かな根拠は、現時点ではありません。それでもガイドラインは、授乳姿勢と吸着の仕方を学ぶ機会を提供することを推奨しています。理由は、それが乳腺炎そのものではなく乳頭の痛みと傷を減らす可能性があり、その傷が乳腺炎の誘因になるからです。

ガイドラインが立てた問いと、その答え

『乳腺炎ケアガイドライン2020』のCQ1は、次のような問いです。

CQ1:妊婦に、乳腺炎についての情報提供をすると、乳腺炎の発症を予防できるか?

対象は妊娠期の女性、介入は「乳腺炎についての情報提供を行う」、比較は「情報提供を行わない」。評価する結果には、乳腺炎の発症のほか、乳房痛・乳頭痛および亀裂・しこり・発赤といった授乳トラブルが挙げられています。

解説の冒頭は、はっきりしています。

現時点では妊娠期の乳腺炎についての情報提供が乳腺炎の発症を予防する確かなエビデンスは無い。

つまり「妊娠中に乳腺炎の知識を得ると乳腺炎が減る」という証明は、世界の研究を探しても得られていません。

それでも推奨が出ているのは、なぜか

ところがCQ1の【推奨】欄は、「エビデンスなし」で終わっていません。こう書かれています。

抱き方や吸着の方法を伝えておくことは、乳頭痛や乳頭損傷の予防に効果がある可能性があり、出産後の授乳場面で実際に役立てられるよう、妊娠期女性に授乳姿勢と吸着の仕方を学ぶ機会を提供することを推奨する(弱い推奨)

エビデンスの確実性は「低い」、推奨の強さは「弱い推奨」です。予防できるのは「乳腺炎」ではなく「乳頭痛と乳頭の傷」——ここが、この問いのいちばん大事なところです。

数字で見ると、何が起きていたのか

ガイドラインが根拠にしているのは、出生前の授乳支援に関するコクランレビューです。そのなかで授乳トラブルを報告していた研究は2件でした。

1件目(参加者70人)では、通常のケアに比べて、妊娠期に授乳時の姿勢と吸着の支援を受けた群で、乳頭の疼痛および亀裂が有意に減少しました。いずれも中程度のエビデンスレベルと評価されています。一方、肝心の乳腺炎については、発症したのが介入群0人・コントロール群2人で、有意差は認められませんでした(RR = 0.20, 95% CI = 0.01 to 4.02、低いエビデンスレベル)。信頼区間が4倍まで広がっていることからわかるとおり、人数が少なすぎて判定できていません。

2件目(参加者1,162人)は、母乳育児の重要性の講義、起こり得る授乳トラブルへの対応の講義、授乳に関する映像視聴を組み合わせた教育プログラムでした。こちらは授乳に関する困難や問題を予防する効果は認められませんでした(RR = 1.00, 95% CI = 0.70 to 1.43、中程度のエビデンスレベル)。

ガイドライン自身も「介入の効果を検証するには、より十分なサンプルサイズでの試験が必要である。」としています。「講義を聞くだけ」の教室に効果は示されず、「姿勢と吸着を実際に学ぶ」支援には乳頭の傷を減らす芽がある——現時点で言えるのは、このくらいの粒度です。

なぜ「乳頭の傷」が乳腺炎の話になるのか

ガイドラインは、日本助産師会・日本助産学会の提案のなかでこう述べています。

亀裂をはじめとする乳頭の損傷は乳腺炎の誘因とされている。

乳頭に傷があると、痛みで授乳が続けられなくなり、飲ませる回数が減って乳汁がたまります。傷そのものが細菌の入り口にもなります。実際、ガイドラインがCQ8で挙げている乳腺炎の誘因の筆頭は「乳頭に損傷があること、特に黄色ブドウ球菌が定着していること」です(乳腺炎になりやすい人はいる?にリスク因子の一覧をまとめています)。

つまり妊娠中の準備は、乳腺炎に直接効くのではなく、その手前にある「乳頭の傷」を減らすことで間接的に効く可能性がある、という構図です。すでに痛みが出ている方は授乳のたびに乳頭が痛いときも参考にしてください。

妊娠中に学んでおくと役に立つこと

① 授乳姿勢と吸着の仕方

ガイドラインが推奨しているのは、知識としての情報提供より、「出産後の授乳場面で実際に役立てられるよう」学ぶ機会です。抱き方(授乳姿勢)と、赤ちゃんが乳房をどうくわえるか(吸着)。この2つは、産後に痛みが出てから直そうとすると、すでに傷ができていることが多いところです。両親学級や助産師の指導でこの実技があるなら、そこが最も価値のある時間だと考えてください。

② 乳房を自分でチェックできるようにしておく

ガイドラインは、ABM(母乳育児医学アカデミー)2014の内容として、こう紹介しています。

乳汁のうっ滞のどんな徴候にもすぐに対処できるよう、しこりや痛み、発赤がないか、乳房のチェックができるように女性に教えることを推奨している。

しこり・痛み・発赤の3つを、自分の手で確かめられるようにしておく。これは産後に習うより、時間のある妊娠中のほうが落ち着いて覚えられます。張りとしこりの区別については産後2〜3日で胸が張って痛いときが参考になります。

「母乳育児成功のための10カ条」が妊娠期に挙げていること

ガイドラインは、妊娠期からの乳腺炎予防支援のコラムで、WHO/ユニセフの「母乳育児成功のための10カ条(10ステップ)」のStep3とStep5を引いています。Step3で妊婦とその家族に伝えるべきものとして挙げられているのは、次のような内容です。

  • 授乳姿勢や含ませ方、赤ちゃんの要求に応える授乳、赤ちゃんからの欲しがるサインの認識などの実践的技術
  • 早期母子接触や母乳育児の開始、補足の方法、母子同室
  • 乳汁うっ滞、母乳不足感等遭遇する可能性のある問題

Step5では、うつ乳の管理、授乳がうまくできていることの確認、乳首の亀裂および痛みの予防、赤ちゃんの母乳摂取量の評価の方法を伝えること、そして搾乳の方法について指導を受けておくべきであることが挙げられています。

「赤ちゃんの欲しがるサインを読む」ことは、授乳間隔の考え方そのものにつながります。この点は授乳の間隔があくと乳腺炎になる?で詳しく扱っています。

乳房へのセルフアウェアネスという考え方

ガイドラインは、妊娠期の母親が乳房へのセルフアウェアネス(breast self-awareness)を高められるよう支援することが、授乳中の乳房のセルフチェックにつながり、乳腺炎症状の早期発見にもつながると述べています。その中身は、自分の乳房について、①自分にとって正常な状態を知ること、②見ること・触れること、③乳房の変化に気づくこと、④変化があったらすぐに知らせること(医療機関にかかる)、⑤40歳以上(本邦基準)になったら乳がん検診を受けること、とされています。

④の「変化があったらすぐに知らせる」は、授乳期にも重要です。授乳中でも乳がんは起こりうるため、乳腺炎の治療をしても赤みやしこりが引かないときは、そのままにしないでください(その乳房の赤み、本当に乳腺炎?)。

妊娠中に間に合わなかった方へ

ここまでを読んで「もう産んでしまった」と思われた方へ。CQ1が扱っているのは妊娠期の支援ですが、授乳姿勢と吸着を整えること自体に、期限はありません。産後であっても、助産師の外来や産後ケア事業で姿勢と吸着を見てもらうことはできます。日々のケアの組み立ては乳腺炎を防ぐ授乳・搾乳のコツに、産後ケア事業の使い方は産後ケアは乳腺炎に使える?にまとめています。

そして、妊娠中の準備をしていなかったことを、乳腺炎になった理由だと考える必要はありません。ガイドライン自身が「予防できる確かなエビデンスは無い」と書いているとおりです。

まとめ

  • ガイドラインCQ1は「妊娠期の乳腺炎についての情報提供が乳腺炎の発症を予防する確かなエビデンスは無い」としている
  • それでも授乳姿勢と吸着の仕方を学ぶ機会を提供することは推奨されている(弱い推奨・エビデンスの確実性は低い)
  • 効果が示されたのは乳腺炎ではなく乳頭の疼痛と亀裂の減少。講義中心の教育プログラム(1,162人)では効果が認められなかった
  • 理由は「亀裂をはじめとする乳頭の損傷は乳腺炎の誘因」だから
  • ABM2014は、しこり・痛み・発赤がないか自分で乳房をチェックできるように教えることを推奨している
  • 産後からでも、授乳姿勢と吸着を見てもらうことはできます

参照ソース(一次情報)

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🩺 医師監修
本記事は医師が内容を確認しています。一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。症状が強いとき・改善しないときは医療機関を受診してください。
(情報更新日:2026-09-16)
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