乳腺炎と言われて、「菌が入ったの?」「赤ちゃんにうつらない?」「お風呂に入っていいの?」と心配になる方は少なくありません。消毒を何度もしたり、赤ちゃんを遠ざけたりしたくなる気持ちもわかります。このページでは、日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』の記載に沿って、乳腺炎の菌はどこから来るのか、赤ちゃんへの影響はどう考えられているのか、そして家庭での「清潔」はどこまでで足りるのかを整理します。
先に結論です。乳腺炎は必ずしも細菌感染を伴うわけではありません。感染がある場合も、原因になりやすいのは赤ちゃんの口や鼻、お母さんの皮膚にもともといる菌で、入り口として確認されているのは乳頭の傷(亀裂)です。ガイドラインは授乳の継続を「一般的に安全」としており、清潔についてはシャワーで体と乳房を清潔に保つこと、搾乳の前に手をよく洗うことが中心で、乳房を消毒する必要はないと書かれています。
そもそも、乳腺炎はいつも「菌のせい」ではありません
ガイドラインは、乳腺炎の定義の中で次のように書いています。
乳腺炎は、乳腺に起こった〈炎症〉ではあるが、必ずしも〈細菌感染〉を伴うわけではない。
乳汁がたまって(うっ滞して)起こる炎症は、菌がいなくても赤み・痛み・熱感を起こします。ガイドラインはこれを「うっ滞性乳腺炎」と呼び、細菌感染を伴う「感染性乳腺炎」と区別しています。乳腺炎=汚れていた、不潔だった、ということではありません。ここを最初に押さえておくと、必要以上に自分を責めずにすみます。二つの違いはうっ滞性乳腺炎と化膿性乳腺炎の違いで詳しく説明しています。
感染を疑う目安について、ガイドラインは次のように書いています。
上記の症状発症から12 ~24時間以内に状態が改善されず
そのうえで、片側の局所の赤み・腫れ・しこり・痛みが強く、発熱がみられ、「悪寒や体の痛みなどの感冒様症状がある場合には細菌感染を疑う」としています。つまり、授乳や搾乳でたまった乳汁を出しても半日〜1日で良くならないことが、菌を考える一つの目安になります。
乳腺炎の菌は、どこから来るのか
ガイドラインは「乳腺炎の起炎菌と感染経路」の項で、原因となる菌について次のように書いています。
児の口腔粘膜、鼻粘膜、母親の乳房表皮の常在菌
これに続けて「が起炎菌となることが多く」とあります。外から特別な菌が入ってくるというより、ふだんから赤ちゃんの口や鼻、お母さんの皮膚にいる菌が原因になりやすい、ということです。
具体的な菌の名前として、わが国ではMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含む黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌、溶血性連鎖球菌、大腸菌などが報告されていると書かれています。頻度については次の記載があります。
起炎菌として最もよくみられるのはペニシリン耐性黄色ブドウ球菌であり、連鎖球菌や大腸菌は頻度が低い
抗菌薬が必要になったときに、医師がどの薬を選ぶかはこうした菌の傾向をふまえて決まります。授乳中に使える薬の考え方は乳腺炎の薬を飲んだら授乳はやめるべき?にまとめています。
菌の入り口として確認されているのは「乳頭の傷」
菌がどこから乳房の中に入るのかについて、ガイドラインは正直に書いています。
乳房への感染経路については解明されていないが
そのうえで、乳管を通って入る、血液の流れにのって広がる、乳頭の亀裂からリンパの流れに入る、という経路が考えられるとし、次のように結んでいます。
乳頭亀裂により感染が起こりやすいことが確認されている
乳腺炎の誘因の一覧にも、同じ趣旨の項目があります。
乳頭に損傷がある、 特に黄色ブドウ球菌が定着している。
ここから言えるのは、家庭でできる感染対策のいちばんの中心は、乳頭を傷つけないこと・傷を早く治すことだということです。乳頭の傷の多くは、赤ちゃんのくわえ方(吸着)が浅いことから起こります。「吸われている間だけ痛い」「授乳のあと乳頭がつぶれた形になる」というときは、授乳のたびに乳頭が痛いときを参考に、助産師にくわえ方を見てもらってください。
赤ちゃんにうつる?——授乳は続けてよいのか
「菌がいるなら、母乳を飲ませたら赤ちゃんに悪いのでは」という心配はとても自然です。ガイドラインの「児への安全性について」の項は、この点を正面から扱っています。
まず、乳腺炎の母親の赤ちゃんに皮膚の感染症(ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群)がみられた少数の症例報告があることを紹介しています。ただし、その報告についても次のように書いています。
母親と児のどちらが原発感染か、 また乳汁経由の感染か、 皮膚の接触感染かの判別は難しく
そして、母乳育児の恩恵と比べて授乳を中止する理由にはならないという判断と、膿瘍を含む乳腺炎での授乳継続の研究報告をふまえて、次の考え方を引用しています。
たとえ黄色ブドウ球菌が確認されていたとしても授乳継続は一般的に安全である
アメリカ小児科学会の勧告として引用されている部分も、膿瘍や蜂窩織炎があってドレーン(管)が入っている場合でさえ、次のように書いています。
児の口が排膿や感染している組織に直接触れなければ、患側乳房からの授乳も継続すべきである
裏を返すと、気をつけるのは「赤ちゃんの口が、膿が出ている傷や切開の傷に直接触れないようにする」という点です。傷がある場合の飲ませ方は、診てもらっている医師・助産師に具体的に確認してください。授乳を続けることそのものの意味や、研究で確かめられている数字は乳腺炎でも痛い側から飲ませていい?に詳しく書いています。
お風呂・シャワーは入っていい?
ガイドラインの「日常生活への支援」の中に、「清潔」という項目があります。書かれているのは次の一文です。
著しい疲労感がなければシャワー浴を行うなど、乳房と全身の保清を促す。
ポイントは二つです。
- 体と乳房を清潔に保つことは勧められている。汗をかいたまま過ごすより、シャワーでさっぱりしたほうがよい
- ただしひどく疲れているときは無理をしない。「著しい疲労感がなければ」という条件がついています。高い熱でぐったりしているときは、まず休むことが先です
熱いお湯に長くつかってよいかどうかまでは、この項目には書かれていません。熱が高いとき、ふらつくときは、短いシャワーにとどめるほうが安全です。休み方や食事については乳腺炎のときの食事と過ごし方も参考にしてください。
乳頭や乳房を消毒する必要はある?
「菌」と聞くと、アルコールで乳頭を拭いたり、授乳のたびに消毒したくなるかもしれません。ガイドラインの「搾乳の実際」の項には、次のように書かれています。
搾母乳を受ける清潔な容器を準備する。搾乳者は手をよく洗う。乳房を消毒する必要はない。
家庭での清潔の基本は、清潔な容器を使うこと、搾る前に手をよく洗うことです。乳房そのものを消毒する必要はないと明記されています。乳頭の皮膚は薄くデリケートなので、何度も消毒液で拭くと、かえって荒れて傷の原因になりかねません。搾り方そのもの(指を置く位置や力の入れ方)は搾乳のやり方で説明しています。
助産師がゴム手袋やマスクをつけるのはなぜ?
母乳外来や助産院で、助産師が手袋・マスク・エプロンをつけてケアをすることがあります。「自分の乳房が汚いから?」と感じる方もいるかもしれませんが、そうではありません。
ガイドラインは、乳房ケアの際の感染予防として、医療の現場で広く使われている「標準予防策(スタンダード・プリコーション)」の考え方を紹介しています。これはすべての患者さんの体液を同じように扱う考え方で、次のように書かれています。
全ての湿性生体物質には、乳汁や傷ついた乳頭なども含まれる。
そのうえで日本助産師会は、「グローブ、マスク、シールドまたはゴーグル・撥水性エプロンの着用」とディスポタオル(使い捨てタオル)の使用を推奨しているとしています。目的は、お母さんからお母さんへ、医療者からお母さんへ菌を運ばないことです。手袋は、あなたを特別扱いしているのではなく、全員に同じようにしている「決まりごと」だと考えてください。
早めに受診したいサイン
乳腺炎の菌の中には、まれに強い毒素を出して全身の状態を急に悪くするものがあります。ガイドラインは、トキシックショック症候群について「毒素産生黄色ブドウ球菌およびA群溶連菌から産出される外毒素によって、呼吸数の増加、発熱、血圧低下が起こり」と説明し、次のように注意を促しています。
短期間で重症化するので乳腺炎の治癒経過をフォローすることが大切である
頻度はまれですが、「乳腺炎だから様子を見よう」と自己判断しすぎないために、次のようなときは早めに受診してください。
- 授乳・搾乳を続けても12〜24時間で良くならない、または急に悪くなる
- 高い熱が続く、寒気でふるえる、息が苦しい・呼吸が速い
- ぐったりして水分がとれない、ふらつく、立ちくらみがひどい
- 乳房の赤みが広がっていく、しこりの中に波打つような柔らかい部分がある(乳腺膿瘍の可能性)
- 乳頭の傷からうみが出る、傷がなかなか治らない
夜間や休日で迷うときは夜間・休日に乳腺炎になったらを、乳腺炎以外の原因で熱が出ている可能性については産後の発熱は乳腺炎とは限らないを参照してください。
まとめ
- 乳腺炎は必ずしも細菌感染を伴わない。乳汁のうっ滞だけでも炎症は起こる。「不潔だったから」ではない
- 感染する場合の菌は、赤ちゃんの口や鼻、お母さんの皮膚にもともといる常在菌が多い。最も多いのは黄色ブドウ球菌
- 入り口として確認されているのは乳頭の傷。家庭での感染対策の中心は、くわえ方を整えて傷を作らない・治すこと
- 授乳の継続は、黄色ブドウ球菌が確認されていても一般的に安全とされている。赤ちゃんの口が膿や傷に直接触れないようにする
- 清潔はシャワーで体と乳房を清潔に(ひどく疲れていなければ)、搾乳前に手をよく洗う。乳房の消毒は不要
- 12〜24時間で良くならない、寒気でふるえる、呼吸が速い、ぐったりする——そのときは早めに受診
参照ソース(一次情報)
- 公益社団法人日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』(2版)|Ⅲ-1 乳腺炎(定義・原因および誘因・分類・起炎菌と感染経路・感染経路)、Ⅲ-2 情報収集と鑑別診断(コラム:乳房ケアの際の感染予防)、Ⅴ-1 授乳の継続(児への安全性について)、Ⅴ-3 搾乳、Ⅴ-5 日常生活への支援(清潔)、Ⅶ 用語の規定と解説(トキシックショック症候群)。本記事の引用はすべてこの資料の記載によります
- 公益社団法人日本助産師会「乳腺炎ケアのフローチャート」|受診・医療連携の判断