しこりが小さくならない、熱が下がったのにまたぶり返した、受診したのにすっきりしない——乳腺炎が「長引く」「こじれる」ときには、よく似たつまずき方があります。日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、実際に重症化した事例をもとに「重症化させないための判断と支援のポイント」を7つ挙げています。助産師向けに書かれた項目ですが、お母さんの側から見ても「自分で気をつけられること」「受診のときに伝えるべきこと」がそのまま読み取れます。
先に結論です。乳腺炎がこじれる場面は、①いつから始まったかが正しく伝わっていない、②熱がないので軽いと思われた、③家で休める状況になかった、④薬と授乳の両立がうまくいかなかった、⑤実は乳腺炎ではなかった、⑥胸の手術歴が伝わっていなかった、⑦受診先があいまいなまま回った——の7つに整理されています。どれも「受診のときに経過を正確に伝える」「改善しなければ早めに医師へ」でかなり防げます。
乳腺炎の経過は「時間」で区切って考える
ガイドラインの「乳腺炎ケアのフローチャート2020」は、乳腺炎を4つの状態に分けています。区切りに使われているのは、症状が出てからの時間です。
- 状態1(うっ滞性乳腺炎の可能性):症状が出てから24時間以内
- 状態2(うっ滞性/感染性乳腺炎の可能性):「乳腺炎症状出現から24時間以上経過」
- 状態3(感染性乳腺炎の可能性):「乳腺炎症状出現から48時間以上経過」
- 状態4(膿瘍形成の可能性):「乳腺炎症状出現から72時間以上経過」
そして、どの状態から支援を始めるかについて、ガイドラインは次のように書いています。
現在どの状態であるのかを判断してスタートするかが重症化予防のカギとなる
つまり、「いつから始まったか」がずれて伝わると、実際より軽い段階として扱われてしまうおそれがあります。うっ滞と感染の違いそのものはうっ滞性乳腺炎と化膿性乳腺炎の違いで説明しています。ここからは、ガイドラインの7つのポイントを順に見ていきます。
① 「いつから」がずれると、軽く見積もられる
ガイドラインの1つ目のポイントは「症状の始まりがいつなのか、よく聞く」です。紹介されている事例では、1週間前にしこりと微熱で母乳外来を受診し、そのときはケアでしこりが小さくなって、微熱は風邪かもしれないと言われていました。お母さんはそれを風邪だと思っていたので、次に別の助産院を受診したときにその経過を伝えず、初めての受診として扱われました。翌日にはすでに膿がたまっていて、切開が必要になっています。
ポイントとして挙げられているのは次の点です。
母親の主訴と実際の初発時期や経過が違うことがある
初診だから状態1とは限らない
お母さんの側でできることは、「最初に何かおかしいと感じたのはいつか」を、風邪だと思っていたことも含めてメモしておくことです。前に別の場所で診てもらった、ケアを受けた、薬を飲んだ——そうした経過も、受診先が変わるたびに伝えてください。伝え方の型は乳腺炎で受診する前に(電話で伝えること・持ち物)にまとめています。
② 熱がなくても乳腺炎のことがある
2つ目は「熱がなくても乳腺炎の可能性がある」です。事例では、熱はなく、しこりに痛みはあるものの赤みはなく、乳管が詰まっただけと判断されてマッサージが続けられました。良くならないまま2週間目に膿がたまり、切開になっています。あとから聞くと、最初の時点で頭痛と関節痛があったといいます。
ガイドラインのポイントは次の通りです。
頭痛と関節痛は発熱の徴候であり
ケアで改善が見られないときは、超音波検査で膿瘍か乳瘤かを確認する
鑑別診断の項にも、次の記載があります。
発熱がなく、乳房にしこりがあり痛みがある場合、膿瘍を形成している可能性がある。
「熱がないから大丈夫」ではなく、体温計の数字以外の症状——頭痛、関節の痛み、だるさ、寒気——も伝えることが大切です。また、ケアやマッサージを続けても良くならないしこりは、そのまま同じケアを重ねるより、超音波検査ができる医療機関で確かめてもらうほうが近道です。膿がたまった場合の経過は乳腺炎が膿瘍になったらで説明しています。
③ 家で休めない・授乳できない状況が悪化を招く
3つ目は「母親は、重症化予防のためのセルフケアができる状況なのか、確認する」です。事例は、上に3歳の子がいて、生後6週の赤ちゃんを育てているお母さんです。受診時に搾乳でしこりが小さくなり、授乳と搾乳を続けるように言われて帰宅しました。ところが翌日には、乳頭が痛くて直接飲ませられず、上の子の世話で休めず、張りが強くなって赤ちゃんも泣き、ご家族が見かねて人工乳を飲ませた——という状況になっていました。しこりは大きくなり、感染への移行が考えられて医師への受診を勧められています。
ガイドラインは、支援のポイントとして次のように書いています。
上の子どもの世話、家事などの仕事量を減らし
乳腺炎時の人工乳等の補足は乳腺炎を悪化させるリスクがあることを母親と家族に伝える
人工乳を足すこと自体が悪いのではなく、その分だけ乳房から乳汁が出ていかず、たまってしまうことが悪化につながる、という意味です。やむを得ず足すときは、その回の分を搾乳で出しておくと乳房にたまりにくくなります。ご家族には「上の子の世話と家事を代わってもらう」ことを具体的にお願いしてください。自治体の産後ケアが使える場面については産後ケアは乳腺炎に使える?を、授乳そのものがつらくなったときは乳腺炎で授乳をやめたくなったときを参考にしてください。
④ 薬を飲むために授乳を止める・授乳のために薬を止める
4つ目は「薬物療法と授乳が両立できるようにする」です。事例では、医師から抗菌薬が出されたものの、薬を飲むなら授乳はやめたほうがよいと説明されて授乳を中断しました。すると乳房の張りが強くなり、搾乳でも楽にならないため直接授乳を再開しましたが、今度は赤ちゃんへの影響が心配で抗菌薬を飲むのをやめてしまい、微熱が続いて悪化しています。
ガイドラインは、支援する側が共有しておくべきこととして次のように書いています。
多くの薬剤は服薬と授乳が両立できる
「授乳を止める」と「薬を途中でやめる」は、どちらも乳腺炎を長引かせる方向に働きます。不安があるときは自己判断で止めず、処方した医師か薬剤師に「授乳を続けたい」とはっきり伝えて相談してください。この事例の詳しい読み方と、授乳中に使われる薬、抗菌薬が必要になる目安は乳腺炎の薬を飲んだら授乳はやめるべき?にまとめています。
⑤ 実は乳腺炎ではなかった
5つ目は「本当に乳腺炎か、注意深く支援する」です。事例では、微熱としこりで来院し、搾乳やマッサージをしてもしこりが小さくならず、熱が下がってもしこりの大きさは変わりませんでした。乳腺外科を受診したところ、乳がんと分かっています。
ポイントは次の2つです。
産後の母親の発熱の原因は必ずしも乳腺炎だけでない
授乳や搾乳によって小さくならないしこりは、乳腺炎以外の疾患の可能性もあるため医師への受診を勧める
鑑別診断の項には、乳腺炎とまぎらわしい「炎症性乳がん」について、次の目安も書かれています。
乳腺炎の治療開始後1週間を経過しても症状の改善が見られず、膿瘍の形成もない場合は炎症性乳がんを疑う。
頻度の高いことではありませんが、「熱は下がったのに、しこりだけが残っている」「治療して1週間たっても赤みが引かない」ときは、乳腺外科で確かめてもらう理由になります。見分けのポイントはその乳房の赤み、本当に乳腺炎?に、熱の原因が乳房以外にある場合は産後の発熱は乳腺炎とは限らないに書いています。
「実は乳腺炎ではなかった」ときに考えられる病気の一覧は乳腺炎だと思ったら別の病気?(副乳・乳瘤・蜂窩織炎・肉芽腫性乳腺炎など)で紹介しています。
⑥ 胸の手術歴は、言いにくくても伝える
6つ目は「豊胸術後の授乳に注意する」です。事例では、乳房が張っているのに乳汁がまったく出ず、手術歴を聞かれたお母さんは、そばにいた家族に目をやって「ない」と答えました。3日たっても良くならず乳腺外科を受診したところ、診断は「異物注入法による豊胸術後の感染症」でした。お母さんは、家族がいたので本当のことを言えなかったと話しています。
ガイドラインは、支援する側の配慮として次のように書いています。
豊胸術等の手術歴を確認する際は母親がひとりの時に聞く
豊胸術の既往は出産や授乳を契機に感染症などの合併症のリスクがあるため、早めに医師への受診を勧める
問診で確認する項目としても「胸部の手術の既往の有無(腫瘤の摘出、膿瘍切開手術、豊胸手術、乳頭形成手術等)」が挙げられています。豊胸に限らず、しこりを取った手術、以前の膿の切開、乳頭の手術なども、乳腺炎の経過を読むうえで大切な情報です。家族の前で言いにくいときは、受付や電話で「ひとりで話したいことがある」と伝えてかまいません。
⑦ 受診先があいまいなまま、あちこち回る
7つ目は「医療連携は責任をもって行う」です。事例では、助産師が経過から他の炎症性の病気を疑い、乳腺外科のある総合病院を勧めましたが、お母さんは産婦人科を受診して乳腺炎と診断され、マッサージを受けても良くならず、さらに別の助産院へ。最終的に乳腺外科を紹介されたときには、すでに膿がたまっていました。
ガイドラインのポイントは次の通りです。
受診科を明確に伝える
紹介後も経過をフォローする
お母さんの側では、「どこで診てもらうか」を勧められたら、何科なのか、誰に診てもらうのかを、その場で確認することが大切です。紹介状(診療情報提供書)が出る場合は、必ず持参してください。それぞれの受診先でできることの違いは乳腺炎はどこを受診する?で整理しています。
受診のときに伝えるとよいことのまとめ
7つのポイントを裏返すと、受診のときに伝える内容になります。ガイドラインの問診項目(発熱、悪寒、頭痛、関節痛、痛み始めた時期、これまでに受けた治療や服薬、授乳回数、人工乳の補足、胸部の手術歴など)とも重なります。
- 最初に「おかしい」と感じた日時(風邪だと思っていた症状も含めて)
- これまでに受診した場所・受けたケア・飲んだ薬と、それで良くなったか
- 体温だけでなく、頭痛・関節痛・寒気・だるさの有無
- しこりが授乳や搾乳で小さくなるか、変わらないか
- 1日の授乳回数、人工乳を足しているか、搾乳しているか
- 家で休める状況か(上の子の世話、手伝ってくれる人の有無)
- 胸の手術歴(豊胸、しこりの摘出、膿の切開、乳頭の手術)
問診・視診・触診で具体的に何を確かめるのか、赤ちゃんの口の中まで診る理由は乳腺炎で母乳外来・助産院に行くと何をする?(聞かれること・見られるところ)で紹介しています。
早めに医師の診察を受けたい目安
ガイドラインは「助産師のケアや母親のセルフケアで症状が改善しないときには、早めに医師への受診を勧める」としています。家でのケアの基本は乳腺炎のセルフケアにありますが、次のようなときは医師の診察を受けてください。
- 授乳・搾乳を続けても、1日たっても良くならない、または悪くなっている
- 熱がなくても、痛むしこりが何日も続いている
- しこりの中にぶよぶよした柔らかい部分がある
- 熱は下がったのにしこりだけが残る、治療して1週間たっても赤みが引かない
- 乳房の手術歴があり、張っているのに乳汁が出ない
- 高い熱、寒気でふるえる、ぐったりして水分がとれない
夜間や休日で迷うときは夜間・休日に乳腺炎になったらを参照してください。
まとめ
- 乳腺炎は症状が出てからの時間で状態を見立てる。「いつから」がずれると、実際より軽く扱われやすい
- 熱がなくても乳腺炎・膿瘍のことがある。頭痛や関節痛も伝える。ケアで良くならないしこりは超音波で確かめる
- 休めない・直接飲ませられない・人工乳で間があく——乳汁がたまる状況が悪化を招く。家事と上の子の世話は代わってもらう
- 多くの薬は授乳と両立できる。授乳も薬も、自己判断で止めない
- 小さくならないしこり、1週間たっても引かない赤みは、乳腺炎以外の病気も考えて医師へ
- 胸の手術歴は、言いにくくてもひとりのときに伝える
- 紹介されたら、何科の誰に診てもらうかをその場で確認する
参照ソース(一次情報)
- 公益社団法人日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』(2版)|Ⅲ-2 情報収集と鑑別診断(問診の項目・鑑別診断の流れ・その他乳腺炎と鑑別すべき疾患)、Ⅳ 乳腺炎ケアのフローチャート2020と事例(フローチャートの使用方法・重症化させないための判断と支援のポイント)。本記事の引用はすべてこの資料の記載によります
- 公益社団法人日本助産師会「乳腺炎ケアのフローチャート」|状態1〜4の区分と医療連携の判断