乳腺炎の発熱と痛みは、なぜか夜に強くなります。母乳外来も助産院も開いていない時間帯に、「今すぐ救急外来に行くべきか」「朝まで待っていいのか」で迷う方はとても多いです。このページは救急外来で夜間の患者さんを診てきた医師の視点から、その場での判断材料を整理したものです。施設一覧のページでは扱えない「時間帯の判断」を扱います。
乳腺炎の多くは、夜間救急よりも翌日の母乳外来・産婦人科・乳腺外科のほうが適切に対応できます。夜間救急には母乳の専門家が常駐していないことがほとんどで、できるのは解熱鎮痛薬と抗菌薬の処方までというケースが少なくありません。ただし、下記の「今すぐ受診」に当てはまる場合は例外です。
今すぐ受診したほうがよいサイン
次のいずれかがあるときは、時間帯にかかわらず医療機関に連絡してください。これらは乳腺炎そのものというより、全身の感染症としての重症化や、乳房膿瘍などの外科的処置が必要な状態を疑うサインです。
- ぐったりして立てない・意識がぼんやりする
- 寒気で体ががたがた震える(悪寒戦慄)が繰り返す:菌が血流に入っているときに起こることがあります
- 息が荒い、動悸が続く、尿が半日以上ほとんど出ていない
- 乳房の一部がぶよぶよと波打つように柔らかい、皮膚が赤黒い・変色している
- 乳房から膿が出てきた
- 解熱鎮痛薬を使っても熱がまったく下がらず、痛みが増していく
なお、ここに挙げたサインは乳房に所見があることを前提にしています。乳房に赤く痛む場所がないのに熱だけ高いときは、乳腺炎以外の原因を考える場面です。産後の発熱は乳腺炎とは限らない(確かめる4か所)もあわせてご覧ください。
判断に迷ったときは、#7119(救急安心センター)や、お住まいの自治体の小児・成人向け救急相談窓口に電話してください。「産後◯週で、片方の乳房が赤く腫れて熱が◯℃ある」と伝えると、受診の要否を一緒に判断してもらえます。
朝まで待てることが多いケース
一方、次のような状態であれば、夜間にできるセルフケアをしながら、翌朝いちばんで母乳外来・産婦人科を受診するのが現実的なことが多いです。
- 熱はあるが、解熱鎮痛薬で下がり、下がっている間は動ける
- 乳房の一部が赤く硬く痛むが、ぶよぶよした部分はない
- 水分がとれていて、トイレにも行けている
- 発症してからまだ半日〜1日以内
「朝まで待つ」という判断をした場合でも、夜のあいだに悪化したら受診するという前提は残しておいてください。上の「今すぐ受診」のサインが出てきたら、そこで方針を切り替えます。
なぜ夜間救急は乳腺炎に強くないのか
これは救急側の事情を知っておくと納得しやすい部分です。
- 母乳の専門家がいない:夜間の当直は救急科・内科・外科の医師であることが多く、授乳姿勢の調整や乳房マッサージといった、乳腺炎の根本にあたるケアは提供できません。
- エコーがすぐ使えないことがある:膿瘍かどうかの判断には超音波検査が有用ですが、夜間は技師が不在で、翌日の再受診になることがあります。
- 産婦人科の当直がない病院が多い:分娩を扱っていない救急病院では、産婦人科医が院内にいません。
つまり夜間救急は「重症化していないかを確認し、応急的に薬を出す場所」であり、乳腺炎を治しきる場所ではないと考えておくと、受診したあとの「思っていたのと違った」を減らせます。
なぜ乳腺炎は夜につらくなるのか
「昼間はなんとかなっていたのに、夜になって急に熱が上がった」という経過は、乳腺炎ではとてもよく聞かれます。いくつかの事情が重なっています。
- 体温はもともと夕方から夜にかけて高くなる:健康な人でも一日のなかで体温は変動し、夕方以降がいちばん高くなります。炎症による発熱がここに重なると、夜に熱がピークを迎えたように感じられます。
- 日中の授乳間隔が空きやすい:外出や来客、上の子の世話などで授乳・搾乳のタイミングがずれると、夕方までに乳汁が溜まります。うっ滞は乳腺炎の出発点です。
- 疲れが蓄積した状態で迎える:一日の疲労が重なる時間帯に症状が出るため、同じ熱でもつらさが強く感じられます。
- 相談先が閉まっている:これがいちばん大きいかもしれません。症状そのものより、誰にも聞けないという不安が事態を重く感じさせます。
つまり「夜に悪化した」と感じても、必ずしも病気そのものが急激に進行しているとは限りません。まずは落ち着いて、下の判断材料を一つずつ確認してください。
受診先ごとに「できること」は違う
どこに行けば何をしてもらえるのかを知っておくと、行き先の判断が早くなります。
| 受診先 | できること | できないこと |
|---|---|---|
| 夜間救急・当直 | 全身状態の確認、解熱鎮痛薬・抗菌薬の処方、重症化していないかの判断 | 授乳姿勢の指導、乳房ケア、多くの場合は超音波検査も翌日以降 |
| 母乳外来・助産院 | 授乳姿勢の調整、乳房のケア、授乳の続け方の相談 | 薬の処方、画像検査、外科的処置 |
| 産婦人科 | 診察、薬の処方、母乳外来との連携 | 膿瘍の外科的処置は乳腺外科へ紹介となることがある |
| 乳腺外科 | 超音波検査、穿刺吸引・切開排膿、他の病気との鑑別 | 授乳の姿勢指導などのケアは専門外のことがある |
この表からわかるのは、乳腺炎は一つの窓口ですべてが完結しにくいということです。夜間に救急で薬をもらい、翌日に母乳外来でケアを受ける、という組み合わせは決して二度手間ではなく、それぞれの役割にかなった動き方です。
薬について知っておきたいこと
「授乳中だから薬は飲めない」と考えて我慢してしまう方が多いのですが、授乳を続けながら使える薬は存在します。熱と痛みで眠れない状態が続くこと自体が回復を遅らせるため、我慢が最善とはかぎりません。
ただし、どの薬をどう使うかは、お子さんの月齢、あなたの持病、授乳の状況によって変わります。本サイトでは具体的な薬品名や用量は記載しません。受診時・調剤時に「授乳中です」と必ず伝え、医師・薬剤師に確認してください。夜間で受診できないときは、手元にある薬を自己判断で飲む前に、♯7119や薬局の相談窓口に電話するという選択肢もあります。
夜間に電話する前に整理しておくと早い情報
救急相談窓口でも病院でも、最初に必ず聞かれる項目です。メモしてから電話すると、やりとりが一往復で済みます。
- 産後何週・何か月か/出産した施設名
- 体温(測った時刻も)
- どちら側の乳房か、いつから、どこが痛むか
- 授乳・搾乳はできているか
- 飲んだ薬(解熱鎮痛薬の名前と飲んだ時刻)
- 持病・アレルギー・普段飲んでいる薬
夜のあいだにできること
受診を待つ間のケアは、日中と基本的に同じです。乳汁を溜めないことと休むことが中心になります。
- 痛む側もできる範囲で授乳・搾乳を続ける(完全に止めるとうっ滞が進みます)
- 授乳後に短時間冷やす
- 締めつける下着・うつ伏せ寝を避ける
- 水分をとって横になる
強い自己流のマッサージは、かえって組織を傷めることがあるため避けてください。詳しくはセルフケアのページをご覧ください。
翌朝、どこに行けばよいか
朝を迎えたら、状態によって行き先が変わります。
- 熱と痛みが中心で、しこりも自分で触れる程度→ 出産した施設の母乳外来、または産婦人科・助産院
- ぶよぶよした部分がある/一度治りかけて再び悪化した/繰り返している→ 乳腺外科。エコーで膿瘍の有無を確認し、必要なら穿刺吸引や切開排膿を行います
よくある質問
熱があるとき、赤ちゃんに母乳をあげても大丈夫ですか
乳腺炎による発熱そのものを理由に授乳を中止する必要は、一般にはありません。むしろ乳汁を溜めないことが改善につながります。ただし、飲ませ方や搾乳の仕方については個別の状況があるため、受診時に相談してください。原因が乳腺炎以外の感染症である可能性もあるので、自己判断で「乳腺炎だから大丈夫」と決めつけないことも大切です。
救急車を呼んでもよいですか
意識がもうろうとしている、立てない、呼吸が苦しいといった状態であれば、ためらわずに119番通報してください。判断に迷う段階であれば、まず♯7119に電話するのが適切です。♯7119では、救急車を呼ぶべきか、自分で受診すべきか、朝まで様子を見てよいかを相談できます。
子どもを預けられません。連れて行っても大丈夫ですか
多くの救急外来では、付き添いのお子さんと一緒の受診が可能です。ただし施設によって対応が異なるため、受診前の電話で「乳児を連れて行きます」と伝えて確認してください。夜間に電話で確認しておくと、到着後の待ち時間の見通しも聞けます。
母乳外来は翌日すぐ予約が取れますか
予約制の施設が多く、当日枠があるかどうかは施設によります。朝いちばんの電話が取りやすいので、夜のうちに候補を2〜3施設リストアップしておくと、翌朝の動き出しが速くなります。本サイトの区ページは、この「候補を並べておく」用途を想定して作っています。
まとめ
- 乳腺炎の多くは翌日の母乳外来・産婦人科・乳腺外科のほうが適切に対応できます
- ただしぐったりする・悪寒戦慄・ぶよぶよした部分があるといったサインがあれば時間帯を問わず受診を
- 迷ったら♯7119。伝える情報を先にメモしておくと早い
- 夜間救急は重症化の確認と応急処置の場。ケアは翌日に専門の窓口で
- 翌朝、ぶよぶよした部分・繰り返す経過があるなら乳腺外科へ
参照ソース(一次情報)
- 総務省消防庁「救急安心センター事業(♯7119)をもっと身近に!」|全国の♯7119の実施状況と使い方
- 東京消防庁「救急相談センター(♯7119)」|東京都内の24時間救急相談窓口
- 厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」|授乳期の支援の基本方針
- 公益社団法人 日本産科婦人科学会|産婦人科領域の一般向け情報