授乳中に乳房が赤く腫れて熱が出れば、まず乳腺炎を考えます。実際その多くは乳腺炎です。ただ、「授乳中だから乳腺炎だろう」と決めつけてしまうことが、ときに診断の遅れにつながります。授乳期にも乳がんは起こり、なかでも炎症性乳癌は乳腺炎とよく似た見た目をとります。ここでは「どこで立ち止まればよいか」の目安をまとめます。
乳腺炎として抗菌薬による治療を受けたのに、2週間ほど経っても赤みや硬さが引かないときは、それ以上「乳腺炎の治りが悪い」と考え続けず、乳腺外科で画像検査を受けてください。これは授乳中であっても同じです。
授乳期にも乳がんは起こる
妊娠中や授乳期に見つかる乳がんは、まれではありますが確かに存在します。この時期は乳腺が発達して乳房全体が硬く張るため、しこりが分かりにくく、見つかったときには進行していることがあるのが難しい点です。
さらに、症状が乳腺炎と重なります。産後という時期そのものが「乳腺炎だろう」という説明を成り立たせてしまうため、本人も周囲も、そして医療者も、そちらに引っ張られやすい状況が生まれます。
乳腺炎らしい経過・そうでない経過
決定的に見分ける方法は、残念ながら見た目や症状だけではありません。そのうえで、経過には違いが出やすいという特徴があります。
| 観点 | 乳腺炎でよくある経過 | 立ち止まりたい経過 |
|---|---|---|
| 始まり方 | 数時間〜1日で急に痛みと熱が出る | はっきりした発症時点がなく、じわじわ広がる |
| 発熱 | 38℃台の発熱を伴うことが多い | 赤く腫れているのに熱があまり出ない |
| 痛み | 強く痛む | 見た目のわりに痛みが乏しい |
| 治療への反応 | 授乳継続・抗菌薬で数日〜1週間で改善に向かう | 治療をしても2週間以上改善しない/再燃を繰り返す |
| 皮膚の様子 | 赤みと熱感 | 皮膚がみかんの皮のように毛穴が目立つ、えくぼ状にへこむ |
| 乳頭 | 変化は乏しい | 乳頭が引き込まれる、血性の分泌がある |
| わきの下 | 軽い腫れのことがある | わきのしこりが硬く、治療後も残る |
右の列に当てはまるからといって、乳がんだということではありません。「乳腺炎の説明では合わないところがある」というサインとして使ってください。
炎症性乳癌という紛らわしいタイプ
乳がんの中に、乳房が赤く腫れて熱っぽくなるタイプがあります。がん細胞が皮膚のリンパ管をふさぐことで、むくみと赤みが生じるためで、見た目は乳腺炎に非常によく似ています。
特徴として、はっきりしたしこりを触れないことがある、皮膚がみかんの皮のような外観になる、そして抗菌薬を使っても改善しない点が挙げられます。「乳腺炎として治療したが治らない」という経過をたどったときに、初めて疑われることが少なくありません。
なぜ授乳期は見つかりにくいのか
授乳期の乳房は、乳腺が発達して全体が硬く、でこぼことした触り心地になります。張りや小さなしこりは日常的に生じ、授乳のたびに大きさも変わります。この状態では、本当に注意すべきしこりが「いつものしこり」に紛れてしまうのです。
さらに、産後は自分の体より赤ちゃんのことが優先されがちで、受診が後回しになりやすい時期でもあります。「授乳が終わったら診てもらおう」と考えているうちに数か月が過ぎる、というのは実際によくある経過です。
だからこそ、症状の見た目だけで判断しようとするのではなく、「この経過は乳腺炎として説明がつくか」という問いを持っておくことが役に立ちます。
しこりが残ったときの考え方
乳腺炎が治ったあとに、硬い部分だけが残ることがあります。炎症のあとに一時的なしこりが残ることは珍しくなく、多くは時間とともに小さくなっていきます。
一方で、次のような場合は確認しておいたほうが安心です。
- 熱も痛みも引いたのに、1か月以上しこりが小さくならない
- しこりがだんだん大きくなっている
- しこりが硬く、動かず、周囲との境目がはっきりしない
- 同じ場所で乳腺炎を繰り返す
とくに最後の「同じ場所で繰り返す」は見落とされやすいポイントです。何かがその部分の乳管の流れを妨げている可能性があり、その原因を確かめる価値があります。
検査は授乳中でも受けられる
「授乳中は検査ができないのでは」と心配される方が多いのですが、超音波(エコー)検査は授乳中でも問題なく受けられます。乳腺炎か膿瘍か、あるいは別の病変かを見分ける最初の検査として広く行われています。
マンモグラフィは授乳期の乳腺が濃く写るため読影しにくいことがありますが、必要と判断されれば実施されます。針を使った検査(生検)も授乳中に行うことができます。いずれも担当医が状況に応じて選択しますので、授乳中であることを理由に検査をあきらめる必要はありません。
受診するなら何科か
この目的で受診するときは、乳腺外科・ブレストクリニックが適しています。超音波検査を行い、必要なら追加の検査まで一つの科で進められるためです。
母乳外来や助産院は授乳のトラブルには非常に頼りになりますが、画像検査や生検は行いません。「治療しても引かない」段階では、受診先を切り替えるという発想が必要になります。
受診時に伝えるとよいこと
乳腺外科を受診するとき、次の情報が揃っていると診療がスムーズです。とくに経過が診断の手がかりになるため、時系列で整理しておくと役立ちます。
- いつから、どこに、どんな症状が出たか
- これまでにどんな治療を受けたか(抗菌薬を飲んだかどうか、飲んだ期間)
- 治療でどう変化したか(まったく変わらない/一度よくなって再発した)
- 同じ場所で繰り返しているか
- 授乳の状況(現在も授乳中か、断乳したか)
- 血のような分泌、乳頭のへこみ、皮膚の変化の有無
- 家族に乳がんになった方がいるか
「大げさかもしれない」と感じる必要はありません。医療者の側は、乳腺炎でないものを見落とさないことを重視しています。確認して問題なければ、それが最良の結果です。
よくある質問
心配しすぎでしょうか
授乳中の乳房のトラブルは、その大多数が乳腺炎をはじめとする良性のものです。「治らないときに立ち止まる基準」を持っておけば、当てはまらない間は必要以上に心配せずにすみます。
検査を受けると授乳を続けられなくなりますか
超音波検査で授乳が制限されることはありません。その他の検査についても、授乳との兼ね合いは担当医が判断します。受診の際に「授乳を続けたい」という希望を明確に伝えてください。その前提で検査や治療の進め方を組み立ててもらえます。
まず母乳外来に行ってもよいですか
症状が出て間もない段階であれば、母乳外来や助産院で問題ありません。判断の分かれ目は「治療への反応」です。数日から1週間で改善に向かっているなら、そのまま経過を見て構いません。2週間経っても変わらない場合に、乳腺外科へ切り替えると考えてください。
まとめ
- 授乳中の乳房の赤みと発熱は、多くは乳腺炎です
- ただし授乳期にも乳がんは起こり、炎症性乳癌は乳腺炎と見た目が似ています
- 見分けの鍵は症状そのものより経過。とくに治療への反応です
- 2週間以上改善しない・繰り返すときは乳腺外科で画像検査を
- 超音波検査は授乳中でも受けられます
参照ソース(一次情報)
- 公益社団法人 日本乳癌学会「患者さんのための乳癌診療ガイドライン」|乳癌の診断・治療に関する学会の一般向け解説
- 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん」|症状・検査・治療の公的解説
- 国立がん研究センター がん情報サービス「炎症性乳がん」|乳房が赤く腫れるタイプの解説
- 厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」|授乳期の支援の基本方針