乳腺炎で受診して薬が出たとき、多くの方が最初に考えるのは「この薬を飲んだら、授乳をやめないといけないのか」ということだと思います。日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、薬物療法の項目をこの心配から書き始めています。このページでは、痛み止めと抗菌薬について、ガイドラインが実際に何と書いているかを一次資料の言葉のまま示します。
先に結論です。痛み止め(NSAIDs)は「母乳移行性は非常に少ないため、授乳中は安全に使用できる薬剤である」と書かれています。抗菌薬に進む目安は「授乳を継続しても12〜24時間以内に症状が改善されない、または急速に症状が悪化する場合」。そして、薬より先にやることは「乳汁を出すこと」です。
ガイドラインが最初に書いているのは「母親は服薬したがらない」こと
薬物療法の項は、この一文から始まります。
授乳中の児への影響を心配して、母親は服薬したがらないことがしばしばある。
つまり「飲みたくない」という気持ちは、想定外の反応ではなく、ケアの出発点として書かれています。続けてガイドラインは、支援する側がすべきことをこう記しています。
服薬が必要な場合は、 服薬の必要性と見通しを母親に十分に説明して理解を促し、 服薬アドヒアランス(母親が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に沿って服薬できること)が高まるよう支援する。
「黙って飲んでください」ではなく、必要性と見通しの説明を受けたうえで、自分で決める——それがアドヒアランスという言葉の中身です。処方されたときに「これは何のための薬で、いつまで飲むのか」と聞くのは、まったく差し支えありません。
痛み止めは、我慢しないほうがよいと書かれています
鎮痛薬について、ガイドラインの記載は短く、はっきりしています。
痛み止めは射乳反射を起こしやすくするので、 服薬を勧める。
ここが見落とされやすいところです。痛み止めは「つらさをごまかす薬」として勧められているのではありません。射乳反射(乳汁が押し出される反射)は痛みや緊張で妨げられます。痛みを取ることが、乳汁を出やすくすることにつながる——だから勧める、という論理です。
乳腺炎の治療の中心は乳汁を出すことですから、痛みを我慢して授乳や搾乳がうまくいかなくなるのは、治療そのものを遅らせることになります。
「カロナールより効く薬がある」とガイドラインは書いています
薬の選び方についても、具体的な記載があります。
炎症症状を軽減するには、抗炎症作用の弱いアセトアミノフェン(カロナール®、 ピリナジン®など)よりも、 イブプロフェン(ブルフェン®)、ロキソプロフェン(ロキソニン®)やジクロフェナク(ボルタレン®)などの消炎鎮痛薬(NSAIDs)がより効果的である。
そして、多くの方がいちばん知りたい一文が続きます。
母乳移行性は非常に少ないため、授乳中は安全に使用できる薬剤である。
ガイドラインは続けて、海外資料を挙げながら「でも授乳との両立は可能とされている。」と記しています。
産後はアセトアミノフェンが処方されることが多く、「授乳中はカロナールしか飲めない」と思っている方は少なくありません。ガイドラインは、乳腺炎の炎症に対してはNSAIDsのほうが効果的で、かつ授乳と両立できる、と明記しています。
ただし、もともと胃が弱い方、腎臓の病気がある方、喘息で痛み止めが合わなかったことがある方など、NSAIDsを避けたほうがよい場合はあります。そこは受診先で必ず伝えてください。葛根湯や冷やすことの位置づけについては葛根湯と冷やすことにまとめています。
抗菌薬に進む目安は「12〜24時間」
抗菌薬をいつ始めるかについて、ガイドラインは時間で線を引いています。
授乳を継続しても12 ~24時間以内に症状が改善されない、 または急速に症状が悪化する場合には、抗菌薬治療を開始する。
ここで注目したいのは、条件が「授乳を継続しても」から始まっていることです。抗菌薬は、乳汁を出すことをやったうえで効果がないときに足すもの、という順番になっています。
薬の種類についても記載があります。
主たる病原菌は黄色ブドウ球菌であり、ペニシリン系か第1世代のセフェム系が第一選択薬となる。
ガイドラインには、乳腺炎の適応がある内服薬として、ペニシリン系のアモキシシリン、第1世代セフェム系のセファレキシンやセファクロルなどが表で挙げられています。いわゆる「強い薬」ではなく、昔からある薬が第一選択だということです。どれをどれだけ飲むかは受診先の判断になるため、本ページでは用量や飲み方は扱いません(授乳中の薬の考え方)。
効かないときの対応も決まっています。
数日経ても治療効果がみられなければ、乳汁培養と感受性検査を行い、感受性を有するものに変更するよう推奨されている
実際に起きた失敗——「抗菌薬なら授乳は中止」と言われて
ガイドラインには、支援がうまくいかなかった事例が載っています。そのひとつを引用します。
感染性乳腺炎と判断したので、母親に医療機関の受診を勧めた。医師から抗菌薬を処方されたが、薬剤師から抗菌薬を服用するならば授乳は中止した方が良いと説明されて帰宅した。母親は薬を飲んで授乳を中断していたが、乳房の緊満が増強した。搾乳では乳房の緊満が軽減しないため、母親は直接授乳をすることに決めたが、子どもへの薬の影響が怖かったので、抗菌薬の服薬を中断した。その後数日間微熱が続き乳腺炎が悪化した。
起きたことを順に並べると、こうなります。授乳をやめた → 乳房が張った → 搾乳では追いつかなかった → 授乳を再開した → 今度は薬をやめた → 悪化した。
「薬か、授乳か」の二択にされたことが、結果として両方を中途半端にしています。ガイドラインがこの事例を載せている場所の見出しは「薬物療法と授乳が両立できるようにする」です。授乳を止めることは、乳腺炎においては治療の逆方向に働きます。
説明が食い違ったときは、処方した医師に確認を取ってください。乳腺炎の治療で使われる抗菌薬は、ガイドラインの表に授乳との関係とあわせて整理されています。
「早く抗菌薬を」が最善とは限らない理由
一方で、抗菌薬を早めに何度も使えばよい、という話にもなっていません。ガイドラインはリスク因子を扱ったCQ8で、ケース・コントロール研究(ケース368人/コントロール148人)の結果を挙げています。
抗菌薬の使用 (adjusted OR 5.38, 95% CI 2.85–10.14, p<0.0001)
乳腺炎との関連が示された因子として、抗菌薬の使用が並んでいます。ガイドラインはこの数字に注釈をつけています。
広域感染の抗菌薬の頻繁な使用により、乳腺炎を引き起こす病原体の薬剤耐性が増えている可能性がある。
同じ表には乳腺炎の既往(OR 3.91)、乳頭亀裂(OR 1.43)も並んでいます。抗菌薬は必要なときには必要ですが、「とりあえず出してもらう」ものではありません。12〜24時間という目安が置かれているのは、そのためです。乳頭の傷を放置しないことも同じ表に基づく対策になります(乳頭が痛いとき/乳腺炎のリスク因子)。
その「出すこと」を実際にどうやるか——頻繁に・最初に患側から、痛くて出なければ健側で射乳を起こして切り替える——は乳腺炎のときの授乳の続け方にまとめました。ガイドラインは「授乳中止は乳腺炎の回復には役立たず、 かえって状態を悪化させる危険が生じる」としています。
薬より先にやることが、数字で示されています
ガイドラインがCQ7の解説で紹介しているコクランレビュー内のランダム化比較試験(n=213)の結果です。
非感染性乳腺炎の症状持続平均日数:搾乳群3.2日、介入なし7.9日、感染性乳腺炎の症状持続平均日数:抗菌薬+搾乳群2.1日、搾乳のみ4.2日、介入なし6.7日
感染性乳腺炎の3群を見てください。何もしないと6.7日、搾乳だけで4.2日、抗菌薬を足して2.1日。抗菌薬が効いているのは「搾乳に足したとき」であって、搾乳の代わりではありません。ガイドライン自身も、同レビューの立場をこう引いています。
乳腺炎治療の原則は効果的な乳汁の除去であり、授乳の継続を促し、適切な姿勢と吸着を助けることであると述べられている。
薬を飲みながら、授乳と搾乳を続ける。これが治療の形です(授乳の間隔/乳房マッサージと搾乳)。
これは相談してください
薬を飲み始めたあとでも、次のようなときは連絡を取ってください。
- 抗菌薬を飲み始めて数日たっても熱や赤みが引かない(培養検査や薬の変更が検討されます)
- しこりの中に波打つような柔らかい部分が触れるようになった(乳腺膿瘍)
- 熱が下がってもしこりだけが小さくならない(ガイドラインには、この経過で乳がんが見つかった事例が載っています)
- 薬を飲んでいる間に、赤ちゃんの下痢・発疹・哺乳量の変化が気になる
- 調剤時と診察時で授乳についての説明が食い違った
発熱の原因が乳房以外にある場合もあります(産後の発熱)。乳房が強く張っている段階の対処は乳房が張って痛いときにまとめています。
まとめ
- ガイドラインは薬物療法の項を「母親は服薬したがらないことがしばしばある」から書き始めている
- 痛み止めは射乳反射を起こしやすくするので服薬を勧めると書かれている
- 炎症にはアセトアミノフェンよりNSAIDsがより効果的で、母乳移行性は非常に少なく授乳中は安全に使用できるとされている
- 抗菌薬に進む目安は授乳を継続しても12〜24時間で改善しない、または急速に悪化する場合
- 第一選択はペニシリン系か第1世代のセフェム系。数日で効かなければ培養と感受性検査
- 「抗菌薬なら授乳中止」という説明で両方が中断され悪化した事例がガイドラインに載っている
- 抗菌薬の使用はリスク因子の表にも並んでいる(adjusted OR 5.38・薬剤耐性の可能性)
- 感染性乳腺炎の症状持続は介入なし6.7日/搾乳のみ4.2日/抗菌薬+搾乳2.1日。薬は搾乳の代わりにならない
参照ソース(一次情報)
- 公益社団法人日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』(2版)|Ⅴ-6 薬物療法(鎮痛薬・抗菌薬・乳腺炎に使用される薬剤の表)、重症化させないための判断と支援のポイント、CQ7(搾乳)の解説、CQ8(リスク因子)。本記事の引用はすべてこの資料の記載によります
- 公益社団法人日本助産師会「乳腺炎ケアのフローチャート」|受診・医療連携の判断