乳腺炎になったとき、まわりからいちばんよく勧められるのが「葛根湯を飲むといい」と「とにかく冷やす」の2つです。どちらも広く行われていますが、日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、この2つを別々のクリニカルクエスチョン(CQ5とCQ6)として正面から調べています。そして出た結論は、どちらも「エビデンスが存在しなかった」でした。ところが、そのあとに続く提案は正反対の向きになっています。このページでは、なぜそうなるのか、そして家で優先すべきことは何なのかを、一次資料の言葉のまま整理します。
先に結論です。ガイドラインは葛根湯について「葛根湯の服用を勧めることは提案しない」、冷湿布について「心地よいと感じれば、冷湿布を使用することを提案する」としています。そして葛根湯より優先度が高いものとして痛み止めを挙げ、「痛み止めは射乳反射を起こしやすくするので、服薬を勧める」と書いています。がまんは、この場面ではプラスになりません。
ガイドラインは、この2つを別々のCQとして調べています
『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、現場でよく問われることを8つのクリニカルクエスチョン(CQ)として立て、それぞれ文献を網羅的に検索して答えを出す形で作られています。家庭でのセルフケアに関わるのは、次の2つです。
- CQ5:乳腺炎の女性が、葛根湯を服用すると、乳腺炎症状(発熱・発赤・疼痛・腫脹)が改善するか?
- CQ6:乳腺炎の女性が、患側の乳房に冷湿布をすると、乳腺炎症状(発熱・発赤・疼痛・腫脹)が改善するか?
つまり「葛根湯」と「冷やすこと」は、正式な検討課題として扱われるくらい広く行われている、ということでもあります。
葛根湯(CQ5)――「エビデンスが存在しなかった」
CQ5の【推奨】欄は、こう書かれています。
今回は該当する研究が見つからず、エビデンスが存在しなかった。
エビデンスの確実性は「評価できず」。解説も一行だけで、「今回の網羅的文献検索の結果、該当する介入研究は見つからなかった。」とあります。そのうえで、ガイドラインは日本助産師会・日本助産学会としての提案を明記しています。
乳腺炎症状の改善を期待して慣例的に葛根湯が用いられている。一方、乳腺炎症状を改善する効果の根拠は不明である。
そのため、日本助産師会・日本助産学会は、助産師が乳腺炎症状を改善する目的で、葛根湯の服用を勧めることは提案しない。
同じ内容は、本文中の「コラム 葛根湯」にも重ねて書かれています。慣例として使われていることを認めたうえで、根拠は不明だと明言し、勧めることは提案しない、という書き方です。
「効かないと証明された」わけではありません
ここは読み方に注意が必要です。「葛根湯は効かない」と証明されたのではなく、「乳腺炎に効く」と言える研究が見つからなかった、という意味です。これは食事制限(CQ2・CQ3)のときとまったく同じ構造で、乳腺炎は食べ物のせい?でも同じ言い回しが出てきます。
実務的には、次のように考えてください。
- すでに医師から処方されて飲んでいる場合は、自己判断でやめる必要はありません。処方の意図は乳腺炎そのものだけとは限りません。気になるときは処方した医師に確認してください。
- これから「乳腺炎に効くらしいから」という理由で自分で買うのであれば、その根拠はガイドライン上は存在しません。同じ手間とお金をかけるなら、後述する「出すこと」「痛み止め」「冷やすこと」のほうが優先されます。
- 葛根湯を飲んでいるからと安心して、受診が遅れることがいちばん避けたい事態です。
葛根湯より先に書かれているのは「痛み止め」です
ガイドラインの薬物療法の項には、鎮痛薬についてはっきりした記載があります。
痛み止めは射乳反射を起こしやすくするので、 服薬を勧める。
「痛みを我慢すると母乳の出が悪くなる」という理屈です。乳腺炎の治療の中心は乳汁を出すことなので、痛みで出せなくなること自体が治療の妨げになります。さらに、どの薬がよいかまで書かれています。
炎症症状を軽減するには、抗炎症作用の弱いアセトアミノフェン(カロナール®、 ピリナジン®など)よりも、 イブプロフェン(ブルフェン®)、ロキソプロフェン(ロキソニン®)やジクロフェナク(ボルタレン®)などの消炎鎮痛薬(NSAIDs)がより効果的である。母乳移行性は非常に少ないため、授乳中は安全に使用できる薬剤である。
「授乳中だから薬は飲めない」と思って我慢している方が非常に多いのですが、ガイドラインの立場はその逆です。同じ項の冒頭にも「授乳中の児への影響を心配して、母親は服薬したがらないことがしばしばある。」と書かれていて、そのうえで服薬を支援するよう促しています。実際にどの薬をどれだけ使うかは、産科・乳腺外科・かかりつけの医師に相談してください。
冷やすこと(CQ6)――同じ「エビデンスなし」でも、提案は逆向きです
CQ6の【推奨】も、葛根湯とまったく同じ文言です。
今回は該当する研究が見つからず、エビデンスが存在しなかった。
確実性も「評価できず」。ところが、そのあとの解説には材料が並びます。
乳房の緊満の治療に関するコクランレビュー1)では、冷湿布/温湿布が症状の軽減に有効であるという研究報告はあるものの、研究デザインの限界から、レビューのデータ解析からは除外されていた。
一方で、温/冷湿布やキャベツの葉(常温、冷却)、ジェルパックは痛みを和らげる効果がある可能性があり、これらは、害はなさそうで価格も安く利用しやすいことも指摘されていた。また、積極的な介入の有無にかかわらず、時間とともに症状は改善する傾向にあったとも報告されている。
そして海外の指針についても、こう書かれています。
ABM2014では、授乳もしくは搾乳後は、痛みと浮腫を軽減するために、冷湿布を使用することもできると記載されている。
この材料をふまえた提案が、葛根湯とは逆向きになります。
乳腺炎の患側乳房に冷湿布をすることは、熱感や痛みを和らげる可能性があるので、乳腺炎に罹患している女性が心地よいと感じれば、冷湿布を使用することを提案する。
同じ「エビデンスなし」でも、結論が分かれる理由はここにあります。冷やすことは、害が小さく、費用も安く、しかも「心地よいかどうか」を本人がその場で判断できる。効果の証明がなくても、試して楽になるなら続ければよく、痛くなるならやめればよい、という性質のものです。一方、飲みものとして体内に入れるものは、同じようには扱えません。
冷やすときの具体的なやり方
ガイドラインは、使うものまで指定しています。
その際の第一選択肢として冷却ジェルシートや、過冷却を避けるため冷凍されていない保冷材を使用することを提案する。
ポイントは「冷凍されていない」という条件です。冷凍庫から出したばかりの保冷剤を直接当てると、冷やしすぎて皮膚を傷めます。冷蔵庫で冷やした程度のもの、あるいは市販の冷却ジェルシートを使ってください。乳頭・乳輪には当てず、痛いところ・熱いところに当てます。
そして、温めることも否定されていません。
また、本人が心地よいと感じる場合には、授乳直前や授乳中に温湿布を使用することも提案する。
整理すると、授乳の直前や授乳中は温める、授乳や搾乳のあとは冷やす、という使い分けが基本の形です。ただしどちらも「本人が心地よいと感じる場合には」という条件がついています。決まりごとではなく、自分の感覚が判断材料になります。家庭でできる手当の全体像は食事と休養のことにもまとめています。
キャベツの葉は「第一選択にしない」と書かれています
乳房の腫れにキャベツの葉を当てる方法は、国内外で広く行われています。ガイドラインもその存在に触れていますが、続けてはっきりした注意を書いています。
国内外では乳房の腫れに対してキャベツを貼付することが行われている。一方、海外では土壌中に存在するリステリア菌によるリステリア感染症発症の報告がある2)ことから、安全性の点からキャベツの葉等の植物の葉を湿布材の第一選択として使用しないことを提案する。
引用元は内閣府食品安全委員会事務局の調査報告書です。「効かないからやめなさい」ではなく、「安全性の点から第一選択にはしない」という書き方である点に注意してください。痛みを和らげる可能性そのものは、先ほどのコクランレビューの記載のなかで温冷湿布やジェルパックと並べて挙げられています。それでも順番としては、冷却ジェルシートや冷凍されていない保冷剤が先に来る、ということです。
それでも優先度がいちばん高いのは「出すこと」です
ここまでは、痛みや熱感をやわらげる話でした。乳腺炎そのものを治す手段は別にあります。ガイドラインは、CQ7の解説で1件のランダム化比較試験(n=213)の数字を引いています。
頻繁に効果的に乳汁を乳房から取り除くことで、非感染性乳腺炎および感染性乳腺炎ともに、症状が早く改善すると報告していた(非感染性乳腺炎の症状持続平均日数:搾乳群3.2日、介入なし7.9日、感染性乳腺炎の症状持続平均日数:抗菌薬+搾乳群2.1日、搾乳のみ4.2日、介入なし6.7日)
同じ解説には「ABM2014においても、頻繁に効果的に乳汁を乳房から取り去ることが、最も重要な治療手段であると記載されている。」ともあります。冷やすことも痛み止めも、この「出す」を続けやすくするための支えです。
ただし、出し方には条件がついています。乳腺炎は炎症性の疾患である――とガイドラインは前置きしたうえで、こう続けます。
局所の安静を保つことを優先し、局所への過度な圧力を避け、痛みを伴わない搾乳(乳汁ドレナージ)を推奨する。
強く揉んだり、押し込んだりして出すことは推奨されていません。この点は乳腺炎のマッサージで詳しく扱っています。
ガイドラインが葛根湯より先に挙げている痛み止めについては、「痛み止めは射乳反射を起こしやすくするので、 服薬を勧める。」と書かれています。どの系統が効果的か、抗菌薬はいつから始めるのかは乳腺炎の薬(痛み止めと抗菌薬)にまとめました。
受診の目安:12〜24時間で変わらないとき
家でできることを尽くしても改善しない場合の線引きも、ガイドラインに書かれています。
授乳を継続しても12 ~24時間以内に症状が改善されない、 または急速に症状が悪化する場合には、抗菌薬治療を開始する。主たる病原菌は黄色ブドウ球菌であり、ペニシリン系か第1世代のセフェム系が第一選択薬となる。
目安は12〜24時間です。ここを過ぎても変わらない、あるいは悪化しているなら、家庭でのケアを足すのではなく受診してください。急速に悪化している場合は、12時間を待つ必要はありません。
さらに進むと膿瘍という状態になります。
乳腺炎症状が続き、局所の発赤腫脹が著しく波動を触れる場合は膿瘍の形成を疑う
乳腺炎になった母親の4 ~11%が膿瘍形成に至っている
4〜11%という数字は、決して珍しい合併症ではないことを示しています。しこりが柔らかくぶよぶよした感触に変わってきた、赤みと腫れが強くなってきた——このときは冷やして待つ場面ではありません。夜間や休日の判断については夜間・休日に受診すべきかを参考にしてください。
よくある質問
Q. 葛根湯を飲んでいます。やめたほうがいいですか?
医師から処方されているなら、自己判断で中止する必要はありません。ガイドラインが書いているのは「助産師が乳腺炎症状を改善する目的で勧めることは提案しない」であって、飲んではいけないという記載ではありません。気になるときは処方した医師に相談してください。
Q. 冷やすと母乳の出が悪くなりませんか?
ガイドラインは、授乳もしくは搾乳のあとに痛みと浮腫を軽減するために冷湿布を使うことができるとするABM2014の記載を紹介しています。授乳直前・授乳中は温湿布のほうを提案しているので、飲ませる前は温め、飲ませたあとは冷やすという使い分けにすると、出にくくなる心配は小さくなります。
Q. 保冷剤を直接当ててもいいですか?
冷凍された保冷剤は避けてください。ガイドラインは「過冷却を避けるため冷凍されていない保冷材」を第一選択として挙げています。タオルで包んで当てる、冷却ジェルシートを使う、といった方法にしてください。
Q. キャベツを貼るのは危険なのですか?
危険と断定されているわけではありませんが、ガイドラインは土壌中のリステリア菌による感染症の報告を理由に、植物の葉を湿布材の第一選択として使用しないことを提案しています。まずは冷却ジェルシートや冷凍されていない保冷剤を選んでください。
Q. 授乳中に痛み止めを飲んで、赤ちゃんは大丈夫ですか?
ガイドラインはNSAIDs(イブプロフェン、ロキソプロフェン、ジクロフェナクなど)について「母乳移行性は非常に少ないため、授乳中は安全に使用できる薬剤である」としています。実際の選択は医師・薬剤師に相談してください。
Q. 熱があるとき、授乳は続けていいですか?
乳腺炎では、患側からの授乳を続けることが治療そのものです。ガイドラインは膿瘍の治療中でも授乳の継続が勧められていると記載しています。うっ滞性か感染性かの見分けについてはうっ滞性乳腺炎と感染性乳腺炎の違いもあわせてご覧ください。
まとめ
- 葛根湯(CQ5)は「エビデンスが存在しなかった」。助産師会・助産学会は「葛根湯の服用を勧めることは提案しない」としている
- 冷やすこと(CQ6)も同じく「エビデンスが存在しなかった」が、提案は逆向きで「心地よいと感じれば、冷湿布を使用することを提案する」
- 使うものは冷却ジェルシートか、冷凍されていない保冷材。授乳直前・授乳中は温湿布も提案されている
- キャベツの葉は第一選択にしない(リステリア感染症の報告があるため)
- 葛根湯より先に置かれているのは痛み止め。「痛み止めは射乳反射を起こしやすくするので、服薬を勧める」
- 治療の中心はあくまで頻繁に効果的に乳汁を取り除くこと。ただし過度な圧力は避ける
- 12〜24時間で改善しない・急速に悪化するときは受診。膿瘍形成は4〜11%に起こる
参照ソース(一次情報)
- 公益社団法人日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』(2版)|CQ5(葛根湯)、CQ6(冷湿布)、CQ7(乳房マッサージ・搾乳とRCTの結果)、「Ⅴ 母子への支援と対処(処置)」の薬物療法・家庭で行える手当・膿瘍に対する治療と支援、コラム「葛根湯」。本記事の引用はすべてこの資料の記載によります
- 公益社団法人日本助産師会「乳腺炎ケアのフローチャート」|受診・医療連携の判断