乳腺炎になると、まわりから「脂っこいものを食べたんじゃない?」「ケーキは詰まるよ」と言われることがあります。心当たりを探して落ち込む方も少なくありません。ただ、日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、この点を正面から調べたうえで「エビデンスが存在しなかった」と書いています。このページでは、食事制限について何がどこまで分かっているのか、そして代わりに何が確かめられているのかを、一次資料の言葉のまま整理します。
先に結論です。ガイドラインは「特定の食品の制限をしても乳腺炎の発症を予防できる根拠がないことが確認された」としています。食べたものを思い出して自分を責める必要はありません。ただし「何を食べてもいい」=「何もしなくていい」ではないので、代わりに確かめられていることを後半にまとめます。
ガイドラインは、この疑問をわざわざ調べています
『乳腺炎ケアガイドライン2020』は、臨床でよく問われることを8つのクリニカルクエスチョン(CQ)として立て、それぞれ文献を網羅的に検索して答えを出す形で作られています。食事の話は、そのうち2つを占めています。
- CQ2:授乳中の女性が、脂肪摂取を制限すると、乳腺炎の発症を予防できるか?
- CQ3:授乳中の女性が、乳製品の摂取を制限すると、乳腺炎の発症を予防できるか?
つまり「脂っこいもの」「乳製品」という、現場でいちばん言われがちな2つが、正式な検討課題として扱われているということです。それだけ広く信じられている、ということでもあります。
脂肪の制限(CQ2)――「該当する研究が見つからなかった」
CQ2の【推奨】欄は、こう書かれています。
今回は該当する研究が見つからず、エビデンスが存在しなかった。
エビデンスの確実性は「評価できず」。解説にはこう続きます。
今回の網羅的文献検索の結果、該当する介入研究は見つからなかった。またコクランレビューやABM2014においても、乳腺炎の予防としての食事内容に関する記載はない
ここは読み方に注意が必要です。「脂肪は乳腺炎と無関係だと証明された」のではなく、「制限すれば防げる」と言える研究が存在しない、という意味です。そのうえでガイドラインは、日本助産師会・日本助産学会としての提案を明記しています。
日本助産師会・日本助産学会は、授乳中の女性に乳腺炎の発症予防を目的とした脂肪摂取の制限は勧めないことを提案する
乳製品の制限(CQ3)――結論は同じでした
CQ3も、まったく同じ形で答えが出ています。【推奨】は「今回は該当する研究が見つからず、エビデンスが存在しなかった」、確実性は「評価できず」。そして提案はこうです。
日本助産師会・日本助産学会は、授乳中の女性に乳腺炎の発症予防を目的とした乳製品の摂取の制限は勧めないことを提案する
「牛乳やチーズをやめたほうがいい」「ケーキは詰まる」という話は、少なくともこの形で調べられた範囲では裏づけが見つかっていません。
UNICEF/WHOの記載も同じ方向です
ガイドラインは、CQ2・CQ3の両方で同じ根拠を引いています。
特定の食品の制限をしても乳腺炎の発症を予防できる根拠がないことが確認された。また、UNICEF /WHO(中略)では授乳中の女性は特別なものを食べたり、特定の食事を避けたりする必要はないとされている
「特別なものを食べる必要もないし、特別に避ける必要もない」。授乳中の食事についての基本の考え方が、この一文に入っています。
国の資料も「極端に避けない」と書いています
こども家庭庁「授乳・離乳の支援ガイド」は、子どものアレルギー予防の文脈で、母親の食事についてこう記しています。
子どもの湿疹や食物アレルギー、ぜんそく等のアレルギー疾患の予防のために、妊娠及び授乳中の母親が特定の食品やサプリメントを過剰に摂取したり、避けたりすることに関する効果は示されていない
母親の食事は特定の食品を極端に避けたり、過剰に摂取する必要はない。バランスのよい食事が重要である
同ガイドの資料編に載っている「妊産婦のための食生活指針」に至っては、乳製品について逆向きの項目が立っています。
牛乳・乳製品などの多様な食品を組み合わせて、カルシウムを十分に 妊娠期・授乳期には、必要とされる量のカルシウムが摂取できるように、偏りのない食習慣を確立しましょう
母乳育児についても、こう書かれています。
母乳育児も、バランスのよい食生活のなかで 母乳育児はお母さんにも赤ちゃんにも最良の方法です。バランスのよい食生活で、母乳育児を継続しましょう
国の指針が「十分にとりましょう」と言っている食品群を、乳腺炎予防のために自主的に断つ――この構図になっていないか、一度立ち止まってみてください。
「エビデンスがない」と「食べても平気」は、少しだけ違います
正直に書きます。ガイドラインが言っているのは「制限を勧める根拠がない」までであって、「何をどれだけ食べても乳房に影響しない」と証明されたわけではありません。研究がそもそも見つかっていないので、そこまでは誰にも言えないのが現状です。
ですから、次のように受け取るのが正確です。
- 体調に合わない食べ方(食べ過ぎ・胃もたれ・脱水)を避けるのは、いつでも妥当
- ただし乳腺炎を防ぐ目的で、特定の食品を断つ必要はない
- すでに乳腺炎になった方が、食べたものを思い出して原因探しをする意味は乏しい
3つめが、このページでいちばん伝えたいところです。産後の体でつらい思いをしているときに、「あのとき生クリームを食べたから」と自分を責める材料にしないでください。
代わりに確かめられていること①:授乳の間隔をあけない
同じガイドラインのCQ4は「児の欲求に応じた授乳をすると、乳腺炎の発症を予防できるか?」を扱っています。こちらも介入研究は見つからなかったとされていますが、提案の中身は具体的です。
児の欲求の状況が通常と異なる、もしくは、児の欲求に授乳中の女性が応えられないような状況で授乳間隔が延長し、乳房に違和感や痛みを感じるほど乳汁がうっ滞すると、乳腺炎のリスクとなりうる
そのときの順番も書かれています。
第一に直接授乳を促し、それが不十分もしくはできない場合には自身による搾乳、さらに不十分な場合には助産師による搾乳で乳房内の乳汁のうっ滞を軽減させることを提案する
授乳回数の目安としては「児の欲求回数は、1日に5回~15回といわれ」、個人差があるとされています。回数そのものより、「間隔があいて張ってきたときに出す」という考え方です。食べ物より、こちらのほうがはるかに直接的です。
代わりに確かめられていること②:姿勢と吸着を学んでおく
CQ1は「妊婦に、乳腺炎についての情報提供をすると、乳腺炎の発症を予防できるか?」を検討しています。ここは、このガイドラインのなかで数字のあるエビデンスが示された数少ない項目です。
抱き方や吸着の方法を伝えておくことは、乳頭痛や乳頭損傷の予防に効果がある可能性があり、出産後の授乳場面で実際に役立てられるよう、妊娠期女性に授乳姿勢と吸着の仕方を学ぶ機会を提供することを推奨する(弱い推奨)
根拠となったのは、コクランレビューに含まれる1件のランダム化比較試験(n=70)です。通常のケアと比べ、妊娠期に授乳姿勢と吸着の支援を受けた群では乳頭の疼痛および亀裂が有意に減少したと報告されています(いずれも中程度のエビデンスレベル)。
ただし、正直な記載も並んでいます。乳腺炎そのものの発症については「有意差は認められなかった」とされ、もう1件の大きな試験(n=1,162)でも「妊娠期の教育プログラムが授乳に関する困難や問題を予防する効果は認められなかった」と書かれています。
それでも姿勢と吸着が推奨されるのは、間の道すじが分かっているからです。
亀裂をはじめとする乳頭の損傷は乳腺炎の誘因とされている
乳頭に傷ができる → そこから細菌が入りやすくなる、という経路です。乳頭の痛みについては授乳中の乳頭の痛みのページで、痛むタイミング別の見分け方をまとめています。
ABM2014が勧めている、日々のチェック
CQ1の解説には、もうひとつ実用的な記載があります。
ABM2014では、乳汁のうっ滞のどんな徴候にもすぐに対処できるよう、しこりや痛み、発赤がないか、乳房のチェックができるように女性に教えることを推奨している
食事の記録をつけるより、乳房を触る習慣をつけるほうが理にかなっているということです。しこりに気づいた段階でこまめに出せれば、そこで止まることが多くなります。
すでにしこりや痛みがあるとき
予防の話とは別に、今つらい方向けの整理です。乳汁を効果的に取り除くことが治療の中心で、これはガイドラインでも一貫しています。授乳を中断すると、かえってうっ滞しやすくなります。
食事・安静・水分・温冷といった、乳腺炎になってからの過ごし方は乳腺炎のときの食事と過ごし方にまとめています。助産師のケアを受けるかどうか迷っている方は助産師の乳房マッサージは受けたほうがいい?を、うっ滞性なのか化膿性なのかの違いはうっ滞性乳腺炎と化膿性乳腺炎のちがいをご覧ください。
これは受診してください
次のようなときは、食事や過ごし方の工夫より先に、産婦人科・母乳外来・助産院に連絡してください。
- 38℃以上の熱が出た、悪寒やふるえがある
- 乳房の一部が赤く腫れて熱をもち、強く痛む
- しこりが硬く大きくなってきた、押すとぶよぶよする感じがある
- 24時間ほど自分で搾っても、症状がよくならない・悪くなっている
- インフルエンザのように全身がだるく、動くのがつらい
夜間や休日で迷うときの連絡先の考え方は夜間・休日に乳腺炎かもと思ったらを参考にしてください。
よくある質問
Q. 甘いものを食べると詰まりますか?
乳腺炎ケアガイドライン2020は、脂肪と乳製品について「該当する研究が見つからず、エビデンスが存在しなかった」としており、砂糖や菓子類を制限すべきという記載もありません。予防目的で断つ必要はないと考えてよい状況です。ただし体調が悪いときに消化に重いものを無理に食べる必要もありません。
Q. 助産師さんに「脂っこいものは控えて」と言われました。間違いですか?
間違いと決めつけるものではありません。ガイドラインが言っているのは「乳腺炎の発症予防を目的とした制限は勧めない」ということで、体調全般や体重、胃腸の調子を考えての助言であれば別の話です。気になるときは「乳腺炎の予防としてですか、それとも体調のためですか」と聞いてみてください。
Q. 水分はたくさんとったほうがいいですか?
授乳中や発熱時は水分が失われやすいため、のどが渇く前にこまめにとることが一般に勧められます。一方で「たくさん飲めば乳腺炎が防げる」という研究があるわけではありません。無理に大量に飲む必要はありません。
Q. 一度乳腺炎になりました。食べ物を変えれば再発を防げますか?
再発予防で優先度が高いのは食事よりも、乳頭の傷を作らないこと(姿勢と吸着)、授乳間隔があいたときに出すこと、疲労をためないことです。ガイドラインでエビデンスが示されたのは、食事制限ではなく姿勢・吸着の支援のほうでした。
まとめ
- ガイドラインは脂肪(CQ2)と乳製品(CQ3)を正式に検討し、どちらも「エビデンスが存在しなかった」
- 日本助産師会・日本助産学会は「発症予防を目的とした制限は勧めない」と提案している
- UNICEF/WHOも「特別なものを食べたり、特定の食事を避けたりする必要はない」
- 国の指針はむしろ「牛乳・乳製品などの多様な食品を組み合わせて、カルシウムを十分に」としている
- 代わりに効きそうなのは①授乳間隔があいたら出す(CQ4)②姿勢と吸着を学ぶ(CQ1)③乳房を触ってしこりに早く気づく
- 食べたものを思い出して自分を責める必要はありません
食べ物以外に何が挙がっているのかは、乳腺炎のリスク因子(CQ8)にまとめています。
参照ソース(一次情報)
- 公益社団法人日本助産師会『乳腺炎ケアガイドライン2020』(2版)|CQ1(妊娠期の情報提供・授乳姿勢と吸着の推奨とRCTの結果)、CQ2(脂肪摂取の制限)、CQ3(乳製品の摂取の制限)、CQ4(児の欲求に応じた授乳)。本記事の引用はすべてこの資料の記載によります
- こども家庭庁「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年改定版)|「(5)食物アレルギーの予防について」の記載、資料編に掲載された「妊産婦のための食生活指針」の項目
- 公益社団法人日本助産師会「乳腺炎ケアのフローチャート」|受診・医療連携の判断